自分で作った物語だから 自分の手で監督したい −リテーシュ・バトラ(監督)
昨年のカンヌ映画祭で観客賞を受賞。その後も世界中の映画祭で上映されて数々の賞を受賞し、今年のアジア映画大賞では、主演男優賞と脚本賞に輝いたインド映画『ランチボックス』(原題)が、『めぐり逢わせのお弁当』というキュートな邦題で、いよいよ8月9日よりシネスイッチ銀座ほか全国で公開されます。
インドのムンバイ(ボンベイ)で125年も続いているという伝統的な組織、ダッバーワーラー(お弁当配達人)をモチーフに、お弁当と文通でつながった男女の愛の行方を繊細に綴る物語は、ヨーロッパで異例の大ヒットを記録。歌やダンス満載のいわゆるボリウッド映画とは一線を画す大人のラブストーリーは、本国インドでも大ヒットしました。
本作が長編デビュー作となるリテーシュ・バトラ監督は、ムンバイ出身。アメリカの大学に留学して経済を学んだ後、コンサルタントを経て映画の世界へ転身。ニューヨーク大学、サンダンス・インスティテュートで映画を学んでいます。そんな監督ならではの映画作りについて、公開直前に来日したリテーシュ・バトラ監督にインタビュー。興味深いお話を伺うことができました。
尚、今回はアジクロピープルやインド映画特集でお馴染みの松岡環さんと共同でのインタビュー。質問は主にアジクロからさせていただきましたが、松岡さんもユニークな質問をされています。監督を囲んだ懇親会の模様や取材時の様子が、松岡さんのブログ「アジア映画巡礼」に掲載されていますので、そちらも合わせてご覧ください。
(Q:アジクロ&松岡さん)
●映画監督になるまで
Q:ずっと映画監督になりたかったそうですが、いつ頃からですか?
監督「もともとは、映画を作りたいというよりもストーリーを語りたかった。物語を紡ぎたかったのです。10代の頃からぼんやりと、表現手段としての映画を考えていて、大学時代には戯曲も手がけました。20代半ばで、映画学校(ニューヨーク大学)に入学するために、短編の脚本を書かなくてはならなくなり、初めて映画の脚本を執筆しました。その時に、映画の脚本を書くという形体に惚れ込んだのです。映画が自分の物語を語るメディアになると、その時に実感しました。
映画監督というのは現場でいろいろと演出するイメージがあると思いますが、僕の場合、演出の大部分もなるべく脚本の段階で書き込んでしまうので、他人に映像化して欲しくないのです。それで、自分で監督しなくてはと思うようになりました。だから、よく質問されるのですが、いつ頃から監督になりたかったとか、きっかけとなった作品などは特にないんです」
Q:では物語を書き始めたのは、いつ頃からなのですか?
監督「子どもの頃からですね。詩も書いていて、学校の新聞や雑誌に寄稿していました」
Q:その頃は、映画ではなくて、とにかく語りたいことがあったのですね?
監督「その通りです。そもそも、物書きから始まっているので、その中で演出や監督という作業をしたくなるのだと思います。大切なのは中味なのです。この『めぐり逢わせのお弁当』の観客からも、まるで本を読んでいるみたいだと言われることがあるのですが、それはほめ言葉として受けとめています」
アメリカにはインドより映画の世界に入る可能性があった
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Q:アメリカに留学された理由を教えてください。
監督「経済学を勉強するためです。卒業して3年間は、コンサルタントとして勤めましたが、25歳で仕事を辞め、映画学校に入りました。なぜ、アメリカかというと、アイオワ州の大学で奨学金をもらえるチャンスに恵まれたからです。家を出るチャンスでもありました。
今、振り返ってみると、もしアメリカに行かなければ映画は作っていなかったかもしれません。インドの映画産業はファミリービジネスなので、アウトサイダーにとってはコネがないと、なかなか夢はかないません。それに比べて、アメリカでは誰もがなりたいものになれる。そういう可能性を感じさせてくれます。100%かなうわけではないけど、少なくともインドよりは可能性があるんじゃないかと思いました」
●『めぐり逢わせのお弁当』について
Q:ダッバーワーラーのことは初めて知って、とても興味深く拝見しました。すごいシステムですが、これは、ムンバイ独特のものですか?(監督はムンバイではなくボンベイを好んで使うので、以下、ムンバイはボンベイと表記します)
監督「ボンベイ独特のものですが、インド全土にもランチデリバリーのシステムはあると思います。ただ、ボンベイが独特なのは、これを職業とする5000人くらいの人々が共同体として郊外の町に住んでいて、120年もの間、家業として父から息子へと受け継がれている伝統あるものだということ。しかも、複雑なシステムを構築しており、毎日何千ものお弁当を配達するというのは、ボンベイ独特のものです」
この5000人のダッバーワーラーさんたちが毎日運ぶお弁当は、なんと約20万個! アルファベットと数字を組み合せた複雑な記号で仕分けされ、家庭から駅、鉄道、駅から職場へとランチタイムまでに正確に配達されます。間違える確率は600万分の1とのこと! まさに、驚異的なシステムです。
Q:最初はダッバーワーラーのドキュメンタリーを撮るために、彼らと一緒に1週間ほど過ごしたそうですが、ラストシーンにはその時の経験が活かされているのでしょうか?
監督「そうですね。彼らは神を讃える歌を歌います。朝は忙しくて歌えないけど、帰りはちょっとリラックスする時間があるので、皆で歌うのが習慣になっています。映画では一緒に過ごしたダッバーワーラーの皆さんに、あの歌を歌ってもらっています」
Q:その時に聞いたエピソードからこの物語が生まれたそうですが、お弁当箱に手紙を入れて文通するというアイデアはどこから浮かんだのですか?
(c)AKFPL, France Cinema, ASAP Films, Dar Motion Pictures, NFDC, Rohfilm-2013
監督「ダッバーワーラーの皆さんと過ごした日々はとてもエキサイティングでしたが、その後で、ダッバーワーラーのパーソナルな物語というよりも、お弁当を送る人や、それを受け取る人はどんな人だろう?という興味が湧いてきました。それで、自分のうまくいっていない結婚を美味しいお料理で修復しようとする女性の話を思いついたのです。さらに、それを修復するのが、自分のうまくいっていない結婚ではなくて、他人の人生だったら?というところから、サージャンのキャラクターが生まれ、サージャンに他に必要なものは何かと考えて、シャイクのキャラクターと、順番に生まれていきました。
パソコンのないサージャンのオフィスも古風なイメージ
(c)AKFPL, France Cinema, ASAP Films, Dar Motion Pictures, NFDC, Rohfilm-2013
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サージャンもイラも、かつてあった古き良き時代へのノスタルジアを共通に持っているキャラクターなので、ふたりが連絡を取り合うのであれば『電話番号を教えて』みたいな感じじゃない。電話ではなく、手紙だろうと。これはとても有機的に、浮かんだことで、自分にとってはそれが一番自然に思えました。お弁当箱に物を入れて渡す、ということは知っていました」
さらに、通訳さんが「ダッバーワーラーの皆さんは、正直者として知られており、お金をお弁当箱に入れて渡す人も多かったとか。朝から喧嘩した妻に、夫が『大丈夫だよ』と映画のチケットを入れて渡すということもあったあったそうです」と捕足してくれました。
Q:それで、ふたりともちょっと古風な感じなのですね?
監督「そのとおりです」(次頁へ続く)
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